
この記事の要点
- Nature Medicine(2026年10月)の118カ国・約610万人の研究で、痛みの有病率が最も急に上がるのは55歳まで。強い痛みは50歳前後、痛みの強さは48歳前後がピーク。
- 11部位すべてで女性のほうが痛みが多く、性差が最大なのは顔面痛(約1.8倍)。ただし施術時の痛みや痛みの感じやすさを測った研究ではない。
- 麻酔科には先制鎮痛・予防的鎮痛の考え方がある。表面麻酔・局所麻酔・冷却を施術前に効かせ、施術中に鎮痛を切らさないことが基本。
- 手を握ること、信頼関係、トントンという「手当て」も痛みを和らげる(脳活動の同期・ゲートコントロール理論)。
- 当院では医学的な鎮痛に加え、丁寧な説明・声かけ・手を当てることまでを治療の一部と考えている。
はじめに
美容皮膚科医として、そして麻酔科医として
私は毎日「痛み」と向き合っています。
2026年10月、Nature Medicineに痛みを人生全体にわたって描いた大規模研究が発表されました。
118カ国・地域、約610万人の自己申告データをもとに
「何歳で、どこが、どれくらい痛むのか」を世界規模の基準曲線として示したものです。
今回は、この論文から読み取れることと、読み取れないこと。
そして、痛みと向き合う医療者として大切にしていることをお話しします。



1. 痛みは「年をとってから」ではなく「働く世代」で増える
一般には「痛みは高齢になるほど増える」と考えられがちです。
しかしこの研究では、どの部位でも痛みの有病率が最も急に上がるのは55歳まででした。
部位によってパターンは異なります。
- 頭痛:女性では30代半ばでピーク、その後は減少
- 腹痛:女性では20代前半でピーク
- 腰・膝・股関節:年齢とともに上がり続ける
さらに、生活を妨げるほどの強い痛みは50歳前後、全身に広がる痛みは70歳前後でピークを迎えていました。痛みを抱える人の「痛みの強さ」の平均も、48歳前後が最も高くなっています。
つまり、痛みの負担の多くは働き盛りの時期に積み上がっているということです。
2. すべての部位で、女性のほうが痛みが多い
調べた11部位すべてで、女性の有病率が男性を上回りました。
差が最も大きかったのは顔面痛で、女性は男性の約1.8倍。次いで頭痛、腹痛でした。
顔面痛そのものの有病率は約2%と、11部位の中で最も低い値です。それでも性差は最も大きい。美容医療の現場で顔に触れる立場として、この数字は印象に残りました。
また、喫煙者では顔面痛が非喫煙者の約1.7倍で、喫煙との関連が最も強かったのも顔でした。ただし、この研究では顔面痛の原因(歯や顎関節、神経など)は区別されておらず、因果関係を示すものではありません。
痛みの性差には、ホルモン、疼痛調節系、心理社会的要因などが関与すると考えられていますが、本研究はその理由を検証したものではありません。
3. この研究の読み方 ― 注意点
- 多くは横断データです。「同じ人が年をとって痛みが変化した」ことを示すものではなく、各年齢層の集団の傾向です。
- 自己申告の痛みであり、診断名や原因は問われていません。
- 「施術時の痛み」や「痛みの感じやすさ」を測った研究ではありません。
ですから、「女性は施術で痛がりやすい」「55歳以降は痛みに強くなる」といった結論は、この論文からは導けません。
4. 痛くても、受ける価値のある治療がある
医療には、効果があっても痛みを伴う治療があります。
そして、その痛みを差し引いても、受ける価値のある治療も確かに存在します。
それでも、そのストレスはできるならば少しでも減らしたい。
私が麻酔科医として、また美容皮膚科医として、ずっと考えてきたことです。
痛みは、始まる前から対策できる
麻酔科には「先制鎮痛」という考え方があります。
痛みの刺激が続くと、脊髄や脳の痛みの回路そのものが過敏になり、その後は小さな刺激でも強く痛むようになります。これを「中枢感作」と呼びます。
だからこそ、回路が過敏になる前に痛みを止めておく。それが先制鎮痛の発想です。
その後の研究で、「刺激の前に一度だけ鎮痛薬を使う」だけでは効果が限られることもわかってきました。
大切なのはタイミングだけでなく、痛みの原因が続く間、鎮痛を途切れさせないこと。現在はこれを「予防的鎮痛」と呼んでいます。
なお、これらの研究の多くは手術後の痛みを対象としたもので、短時間の美容施術にそのまま当てはまるわけではありません。
それでも、表面麻酔や局所麻酔、冷却を施術前にしっかり効かせておくこと、施術中に鎮痛が切れないよう配慮することは、痛みを減らすための基本です。
鎮痛というと、麻酔薬や鎮痛薬を思い浮かべる方が多いと思います。
もちろん薬は大切です。けれど、痛みを和らげるのは薬だけではありません。
手を握ることの力
痛みを感じている人の手を大切な人が握ると、2人の脳活動が同期し、その同期が強いほど痛みが和らいでいた――そんな研究があります。
信頼関係そのものが、鎮痛になる
患者さんと医療者の間で、表情や仕草が自然と同調し、脳活動も一致していくほど、痛みが軽くなる。しかもその現象は、あらかじめ信頼関係を築いていた場合にだけ見られました。
トントンという「お手当」
施術中に別の場所を軽くトントンする。これは痛みの信号が脊髄で「門」を通る際、触覚や振動の信号がその門を狭めるという、ゲートコントロール理論にかなった方法です。冷却と振動を組み合わせた器具では、針の痛みを減らすことが小児の研究で示されています。
日本語の「手当て」という言葉は、本当に手を当てることから来ているとも言われます。
昔から人は、経験的にそれを知っていたのかもしれません。
薬と手技で、痛みの信号を体の中で止める。
信頼と手当てで、痛みの感じ方そのものを和らげる。
この両方がそろって、はじめて「痛みに寄り添う医療」になると私は考えています。
5. 薬だけ、データだけではない
610万人のデータは、痛みが人生に深く寄り添うものであることを教えてくれました。
一方で、目の前の一人の痛みを和らげるのは
薬と技術、そして人と人との関係です。
当院では、麻酔や冷却などの医学的な鎮痛に加えて、施術前の丁寧な説明、施術中の声かけ、そして必要なときには手を当てること。
それらすべてを、治療の一部だと考えています。
おわりに
痛みは年齢や性別によって形を変えながら、私たちの人生に寄り添っています。
大切なのは、その痛みを「当たり前」と思い込まず
早い段階から向き合うこと。
先制鎮痛、という言葉が示すこと。
そして、痛みを伴う治療を選ぶときには、ひとりで我慢しなくていいということ。
痛みを我慢してもらうことは、治療の一部ではありません。
痛みに寄り添うことは、治療の一部です。
よくあるご質問
痛みは高齢になるほど増えるのですか?
Nature Medicine(2026年)の約610万人の研究では、どの部位でも痛みの有病率が最も急に上がるのは55歳までで、生活を妨げるほどの強い痛みは50歳前後、痛みの強さの平均は48歳前後が最も高くなっていました。部位によりパターンは異なり、頭痛は女性では30代半ば、腹痛は20代前半でピークを迎え、腰・膝・股関節は年齢とともに上がり続けます。痛みの負担の多くは働き盛りの時期に積み上がっています。
痛みに男女差はありますか?
同研究で調べた11部位すべてで、女性の有病率が男性を上回りました。差が最も大きかったのは顔面痛で女性は男性の約1.8倍、次いで頭痛、腹痛でした。ただし痛みの性差の理由(ホルモン、疼痛調節系、心理社会的要因など)はこの研究で検証されたものではありません。
この研究から「女性は施術で痛がりやすい」と言えますか?
言えません。多くは横断データで各年齢層の集団の傾向を示したものであり、自己申告の痛みで診断名や原因は問われておらず、施術時の痛みや痛みの感じやすさを測った研究でもありません。「女性は施術で痛がりやすい」「55歳以降は痛みに強くなる」といった結論はこの論文からは導けません。
先制鎮痛・予防的鎮痛とは何ですか?
痛みの刺激が続くと脊髄や脳の痛みの回路が過敏になり(中枢感作)、小さな刺激でも強く痛むようになります。回路が過敏になる前に痛みを止めておく発想が先制鎮痛です。その後、刺激の前に一度だけ鎮痛薬を使うだけでは効果が限られることが分かり、痛みの原因が続く間は鎮痛を途切れさせない「予防的鎮痛」という考え方になりました。これらの研究の多くは手術後の痛みが対象で、短時間の美容施術にそのまま当てはまるわけではありませんが、表面麻酔・局所麻酔・冷却を施術前にしっかり効かせ、施術中に鎮痛が切れないよう配慮することは痛みを減らす基本です。
薬以外に痛みを和らげる方法はありますか?
大切な人が手を握ると2人の脳活動が同期し、同期が強いほど痛みが和らいだという研究、患者と医療者の間で表情や仕草が同調し脳活動が一致するほど痛みが軽くなる(あらかじめ信頼関係がある場合にだけ見られた)という研究があります。また施術中に別の場所を軽くトントンする「お手当」は、触覚や振動の信号が脊髄の「門」を狭めるというゲートコントロール理論にかなった方法で、冷却と振動を組み合わせた器具では針の痛みを減らすことが小児の研究で示されています。
アートラウンジクリニックでは痛みにどう配慮していますか?
麻酔や冷却などの医学的な鎮痛に加えて、施術前の丁寧な説明、施術中の声かけ、必要なときには手を当てること。それらすべてを治療の一部と考えています。痛みを我慢してもらうことは治療の一部ではなく、痛みに寄り添うことが治療の一部です。
参考文献
- Fillingim M, Tanguay-Sabourin C, …, Vachon-Presseau E. Global and regional reference curves for pain across the lifespan in 6.1 million individuals in 118 countries. Nat Med. 2026. doi:10.1038/s41591-026-04696-w. PMID: 42834228
- Goldstein P, Weissman-Fogel I, Dumas G, Shamay-Tsoory SG. Brain-to-brain coupling during handholding is associated with pain reduction. Proc Natl Acad Sci U S A. 2018;115(11):E2528-E2537. PMID: 29483250
- Ellingsen DM, Isenburg K, Jung C, et al. Dynamic brain-to-brain concordance and behavioral mirroring as a mechanism of the patient-clinician interaction. Sci Adv. 2020;6(43):eabc1304. doi:10.1126/sciadv.abc1304. PMID: 33087365
- Using Vibrating and Cold Device for Pain Relieves in Children: A Systematic Review and Meta-analysis of Randomized Controlled Trials. J Pediatr Nurs. 2021;61:23-33. PMID: 33735633
- Melzack R, Wall PD. Pain mechanisms: a new theory. Science. 1965;150(3699):971-979. PMID: 5320816
- Woolf CJ. Evidence for a central component of post-injury pain hypersensitivity. Nature. 1983;306:686-688. PMID: 6656869
- Kissin I. Preemptive analgesia. Anesthesiology. 2000;93(4):1138-1143. PMID: 11020772
- Møiniche S, Kehlet H, Dahl JB. A qualitative and quantitative systematic review of preemptive analgesia for postoperative pain relief: the role of timing of analgesia. Anesthesiology. 2002;96(3):725-741. PMID: 11873051
- Ong CK, Lirk P, Seymour RA, Jenkins BJ. The efficacy of preemptive analgesia for acute postoperative pain management: a meta-analysis. Anesth Analg. 2005;100(3):757-773. PMID: 15728066
図は Fillingim M, et al. Nat Med. 2026 の Fig.2・Fig.3 より抜粋・配置変更・日本語見出しを追加したものです(CC BY 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。
関連記事
- 新しい薬に出会ったとき、麻酔科医は何を考えるのか|非オピオイド鎮痛薬スゼトリジン(JOURNAVX®)
- NaV1.8の「部分ブロック」を自分の身体で感じてみた|麻酔科医がsuzetrigineを内服して見えたこと
- 筋肉が「縮む」とき、何が起きているのか ― 麻酔科医が筋弛緩薬から解説する
- 顔面エコーは「使うかどうか」ではなく、どこまで標準化できるかが次の課題
※本記事は痛みの疫学と鎮痛の考え方に関する一般的な解説であり、特定の治療の効果や無痛を保証するものではありません。施術に伴う痛みや麻酔の方法は、診察のうえでお一人おひとりの状態に応じてご説明します。
■ 執筆者・監修者プロフィール
中野 陽子(アートラウンジクリニック院長 / 麻酔科専門医・麻酔科指導医)
【略歴・学術実績】
・2007年: 獨協医科大学医学部 卒業。在学中、米国カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)へ留学。
・2009年〜: 沖縄県立北部病院、岩手医科大学などで麻酔科学を深く研鑽。
・2016年: 日本麻酔科学会誌『麻酔』にて、小児の高度な気道管理に関する論文を筆頭著者として発表。
・2022年: 大手美容クリニックを経て、アートラウンジクリニック院長に就任。
・2025年〜: 現在も大学病院 麻酔科非常勤医師を兼務。
最前線の麻酔科医としての豊富な臨床・学術経験(小児麻酔などの高度な気道・安全管理含む)を活かし、美しさと安全性を高いレベルで両立する美容医療を提供しています。