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「なぜ、今日も安全に診療できたのか?」— Safety-IIという医療安全の新しい視点【六本木アートラウンジクリニック 中野陽子院長】

2026.10.25

Safety-IIの視点から美容医療の医療安全を解説する、アートラウンジクリニック院長・中野陽子医師(麻酔科専門医・麻酔科指導医)

この記事の要点

  • Safety-Iは「うまくいかなかったことから学ぶ」、Safety-IIは「うまくいっていることから学ぶ」安全の考え方。両者は対立せず、補い合う。
  • Safety-IIはHollnagelらがレジリエンス・エンジニアリングの分野で発展させ、医療ではResilient Healthcareの理論的基盤の一つ。
  • 美容医療では、治療中に想定外の所見や抵抗に気づいたとき、当初の計画にこだわらず立ち止まることが安全につながる。
  • 院長の臨床経験: カニューレに想定外の抵抗を感じて施術を中止し、次回は介助者の確保とリアルタイムの超音波確認へ手順を見直した。
  • 当院ではカウンセラー・看護師・医師が一人の患者さんに一つのチームをつくり、違和感を共有し、治療後に振り返る。

📝 この記事は、中野陽子院長のnote でもお読みいただけます。


医療安全という言葉を聞くと、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。

  • 医療事故を防ぐこと
  • ヒューマンエラーを減らすこと
  • 何か問題が起きたときに原因を究明し、再発を防止すること

どれも、とても大切なことです。

私自身、麻酔科医として長く医療安全に携わってきました。美容皮膚科の診療でも、常にリスクを予測し、予防することを大切にしています。

ただ、最近あらためて考えることがあります。

なぜ、私たちは今日も安全に診療を終えることができたのだろう?

事故が起きた日だけでなく、何も問題が起きなかった日にも、医療安全を考えるための大切な情報があるのではないでしょうか。

そんな視点を与えてくれるのが、【Safety-II(セーフティ・ツー)】という考え方です。

Safety-IとSafety-II

Safety-IIは、Erik Hollnagelらがレジリエンス・エンジニアリングの分野で発展させた安全の考え方です。
医療においては、Resilient Healthcare(レジリエント・ヘルスケア)の重要な理論的基盤の一つとなっています。

これに対して、従来の安全の考え方はSafety-Iと呼ばれています。

Safety-I:うまくいかなかったことから学ぶ

  • 何がうまくいかなかったのか
  • なぜ問題が起きたのか

エラーを分析し、原因を究明し、再発を防止する。これは医療安全の基本です。

Safety-II:うまくいっていることから学ぶ

なぜ、普段の医療はうまくいっているのか

Safety-IIでは、この問いを大切にします。

医療現場では、患者さんの状態も
解剖学的な条件も、治療中の反応も、一人ひとり異なります。

どれほど綿密に計画していても、すべてを事前に予測することはできません。

それでも多くの診療が問題なく行われているのは、医療者が目の前の状況を観察し、判断し、必要に応じて対応を調整しているからでもあります。

Safety-IIでは、こうした日常診療の中にある工夫や柔軟な対応を理解し
それを支える力を高めることで、安全な医療を実現しようと考えます。

もちろん、Safety-IとSafety-IIは対立するものではなく
互いを補い合うものです。

失敗から学ぶことと、成功を支える仕組みから学ぶこと。

その両方が必要なのだと思います。

美容医療の現場で考えるSafety-II

美容医療では、治療前に患者さんの状態を評価し
解剖や既往歴、希望される仕上がりを考慮して治療計画を立てます。

しかし、治療が始まったあとに、新たな情報が得られることもあります。

例えば、事前の想定と異なる解剖学的所見が確認されたり
カニューレを進めたときに予想外の抵抗を感じたりすることがあります。

そのとき、当初の計画にこだわって治療を続けるべきでしょうか。
私は、そうは思いません。

治療を予定どおりに終えることが、必ずしも最も安全な選択とは限らないからです。

ある臨床経験から

実際に、過去の手術による解剖学的な変化がある患者さんの治療で
カニューレに想定外の抵抗を感じたことがあります。

その際は、無理に進めず、いったん施術を中止しました。

この判断は、リスクとなり得る操作を回避するという意味ではSafety-Iの視点によるものです。
同時に、想定外の情報にその場で適応したという意味ではSafety-IIの視点でもあります。

振り返ると、この判断を支えたのは、カニューレから伝わるわずかな抵抗の変化に注意を向けていたことと、事前の評価で「通常とは異なるかもしれない」という意識を持てていたことでした。

経験を次の診療に生かす

そして、その経験を次の診療にどう生かすかということも大切です。
次回の治療では、介助者を確保しました。
さらに、超音波による事前評価に加えて、リアルタイムで確認しながら施術する方法へと変更しました。

新たな情報に応じて診療体制と手順を見直すことは、Safety-IIが重視する「現場の適応能力」という考え方にも通じています。

これは一つの臨床経験であり、Safety-IIの有効性を証明するものではありません。

ただ、医療安全を考えるうえで、大切な学びのある経験です。

安全は、一人の医師だけでつくるものではない

私がもう一つ大切にしているのは、チームで安全をつくるという考え方です。

当院では、一人の患者さんに対して、一つのチームをつくっています。

カウンセラー、看護師、医師

それぞれが患者さんから得た情報や、診療中に気づいたことを共有し、必要に応じて治療計画を見直していきます。

患者さんを見ているのは、医師だけではありません。

スタッフが何気なく気づいたことが
重要な判断につながることもあります。

だからこそ、誰もが違和感を伝えられる環境が必要です。

また、治療を終えたあとも

  • 今日は何がうまくいったのか
  • なぜ問題なく対応できたのか
  • 次も同じように対応するために、何が必要なのか

と振り返ることが、組織としての安全につながると考えています。

安全は、日々つくり続けるもの

2025年に発表されたシステマティックレビューでは、日常診療の成功や現場での適応から学ぶためのツールとして、16種類が報告されています。
一方で、このうち5種類は実証的な評価がされておらず、患者アウトカムへの影響を検証した研究もまだ限られています。

Safety-IIは、すべての医療事故を防げると証明された方法ではありません。

それでも私は、医療安全を考えるうえで、とても重要な視点だと感じています。

  • リスクを予測すること
  • 問題を未然に防ぐこと
  • 想定外の状況に直面したとき、立ち止まり、チームで考え、必要なら計画を変更すること

安全とは、何も起こらないことだけではありません。
変化に適切に対応できる力を持ち続けることでもあります。

日々の診療の中で、そんな医療安全を育てていきたいと思っています。


よくあるご質問

Safety-II(セーフティ・ツー)とは何ですか?

Erik Hollnagelらがレジリエンス・エンジニアリングの分野で発展させた安全の考え方で、医療ではResilient Healthcare(レジリエント・ヘルスケア)の重要な理論的基盤の一つです。「なぜ、普段の医療はうまくいっているのか」という問いを大切にし、日常診療の中にある工夫や柔軟な対応を理解して、それを支える力を高めることで安全な医療を実現しようとします。

Safety-IとSafety-IIはどう違いますか?

Safety-Iは「うまくいかなかったことから学ぶ」考え方で、エラーを分析し、原因を究明し、再発を防止します。これは医療安全の基本です。Safety-IIは「うまくいっていることから学ぶ」考え方です。両者は対立するものではなく互いを補い合うもので、失敗から学ぶことと、成功を支える仕組みから学ぶことの両方が必要です。

施術中に想定外のことが起きたら、どうするのですか?

治療を予定どおりに終えることが、必ずしも最も安全な選択とは限りません。中野院長は、過去の手術による解剖学的な変化がある患者さんの治療でカニューレに想定外の抵抗を感じた際、無理に進めず、いったん施術を中止しました。次回の治療では介助者を確保し、超音波による事前評価に加えて、リアルタイムで確認しながら施術する方法へと変更しました。これは一つの臨床経験であり、Safety-IIの有効性を証明するものではありません。

アートラウンジクリニックでは、チームで安全をどうつくっていますか?

一人の患者さんに対して、カウンセラー・看護師・医師で一つのチームをつくり、患者さんから得た情報や診療中に気づいたことを共有して、必要に応じて治療計画を見直しています。誰もが違和感を伝えられる環境を大切にし、治療を終えたあとも「今日は何がうまくいったのか」「なぜ問題なく対応できたのか」「次も同じように対応するために何が必要なのか」を振り返っています。

Safety-IIで医療事故はすべて防げますか?

Safety-IIは、すべての医療事故を防げると証明された方法ではありません。2025年に発表されたシステマティックレビューでは、日常診療の成功や現場での適応から学ぶためのツールが16種類報告されていますが、このうち5種類は実証的な評価がされておらず、患者アウトカムへの影響を検証した研究もまだ限られています。それでも中野院長は、医療安全を考えるうえでとても重要な視点だと考えています。


参考文献

  1. Hollnagel E. Safety-I and Safety-II: The Past and Future of Safety Management. Farnham: Ashgate; 2014.
  2. Braithwaite J, Wears RL, Hollnagel E. Resilient health care: turning patient safety on its head. Int J Qual Health Care. 2015;27(5):418–420. PMID: 26294709. doi:10.1093/intqhc/mzv063
  3. Plunkett A, Plunkett E. Positive approaches to safety: Learning from what we do well. Paediatr Anaesth. 2022;32(11):1223–1229. PMID: 35716150. doi:10.1111/pan.14509
  4. Birkeli G, Lindahl AK, Hammersbøen ÅM, Deilkås ECT, Ballangrud R. Strategies and tools to learn from work that goes well within healthcare patient safety practices: a mixed methods systematic review. BMC Health Serv Res. 2025;25:538. PMID: 40229754. doi:10.1186/s12913-025-12680-2

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※本記事は医療安全の考え方に関する一般的な解説であり、特定の治療の安全性や結果を保証するものではありません。施術の方法やリスクは、診察のうえでお一人おひとりの状態に応じてご説明します。


■ 執筆者・監修者プロフィール
中野 陽子(アートラウンジクリニック院長 / 麻酔科専門医・麻酔科指導医)

【略歴・学術実績】
・2007年: 獨協医科大学医学部 卒業。在学中、米国カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)へ留学。
・2009年〜: 沖縄県立北部病院、岩手医科大学などで麻酔科学を深く研鑽。
・2016年: 日本麻酔科学会誌『麻酔』にて、小児の高度な気道管理に関する論文を筆頭著者として発表。
・2022年: 大手美容クリニックを経て、アートラウンジクリニック院長に就任。
・2025年〜: 現在も大学病院 麻酔科非常勤医師を兼務。

最前線の麻酔科医としての豊富な臨床・学術経験(小児麻酔などの高度な気道・安全管理含む)を活かし、美しさと安全性を高いレベルで両立する美容医療を提供しています。